国民民主党公認、香川3区の川崎ともみつです。
この度は香川3区での公認ありがとうございます。
地域の皆様からご支援を賜り、故郷香川から日本全体のため働けるよう取り組んでまいります。
よろしくお願い申し上げます。
私は勤め人の父と農家の母のもとで育ちました。身内や親戚には政治に携わる者がおらず選挙には縁がありませんでした。
投票には行くものの、政治に対しては無気力、無関心で、「自分の一票ごときで政治が変わることはない」と思って暮らしていました。
そんな私を打ちのめした出来事があります。それが国民民主党の衆議院選挙における躍進、そして選挙後も野党でありながら政策を実現していく有言実行の姿でした。
政治に興味がないことは、一方では市民の持つ権利や義務を放棄している状態でもあります。そんな国民が「自分の一票で政治に声が届くかもしれない、良い方に変えてほしい」と機運が高まっているのは、政治意識の高まりであると同時に、生活が切羽詰まった状況であるのかもしれません。
政治に無関心だった過去の私のような人を変えていき、国民すべての生活が安定した社会になってほしい。それが政治を目指す私の原点であり、理念に掲げた「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)」です。
人々が満ち足りて平和な世の中を楽しみ、謳歌しているという意味のその四字熟語が、国民全員にとって当たり前となるような活動ができる政治家を目指しています。
少し私個人の話をさせてください。
東日本大震災のあった2011年の秋に、過労で入院しました。
病室の天井を眺めながら「今生の使命は、先人達が積み重ねてくださった豊かな遺産を受け継ぎ、手入れして整えつつ次の人達へ引き継ぐことではないか」とふと考えました。
昭和後期の日本に生まれ、衣食住が満たされたありがたい環境のもとで育てて頂きました。食糧事情のみならず、医療も教育も治安も整っている文化人類史上の奇跡ともいうべき充実した世の中だと実感しています。
この社会を築いてくださった先人達に深く感謝し、この豊かさを当たり前のものとして食いつぶすのではなく、いつの日にか次の世代へ引き継いでいきたい。
農家は生活が安定しないので会社員のもとに嫁いでほしいという祖父母の願いから母は父の元に嫁いできました。私自身も受験勉強をし、農業ではなく会社勤めを選びましたが、ふとそんなことを考えさせられた入院生活となりました。
これがきっかけになったのかもしれません。
2023年には会社勤めを離れ、母の里の家業である桃農園を手伝うようになりました。
ただ農産物をはじめとし、日本の製品やサービスは「より良いものをより安く、より早く」という正義を追求し過ぎてもう限界に来ています。結果的に低賃金と長時間労働の呪縛を抜けられていません。
苦労して母を育ててくれた祖父母は翌年、相次いで他界しました。
この豊かさを当たり前のものとして食いつぶすのではなく、次の世代へどう引き継いでいくのか。そう悩んでいたときに出会ったのが国民民主党であり、同郷の玉木雄一郎代表でした。
この出会いが縁となり、私だけではなく、すべての国民が大切なものを守り、次の世代に安心して引き継いでいけるような社会を目指すため私は国政へと挑戦する決意をしました。
香川3区の皆様からご支援を賜り、故郷香川から日本全体のためにつとめて参ります。よろしくお願い申し上げます。
